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    「 こころ豊かに生きる 」

      

    京 都「 法然院 」
    貫主 梶田 真章 氏


     本日は「こころ豊かに生きる」ということでお話をさせていただきます。最初に日本人の宗教心についてですが、日本には7万のお寺と8万の神社があり、コンビニは5万ちょっとですから、寺はコンビニの1.4倍もあります。しかし「私は佛教徒だ」という方は少なくて多くの方は「私は無宗教です」とおっしゃいます。無宗教というのは決して宗教心がないという意味ではありません。日本人は宗教心豊かでございます。その証拠に初詣から始まって節分、彼岸、各神社のお祭り、法事、墓参り、さまざまに宗教行事には関わっていただいております。宗教心がない日本人はほとんどいらっしゃいませんが、何故か「あなたの宗教は?」というと「無宗教」という答えがアンケートの7割近く返ってきます。要するに無宗教というのは宗教心が無いというのではなく特定の神仏は信じておりませんという意味で、私は佛教徒でもキリスト教徒でもないということです。でも日本にはそれ以外の立派な宗教がございました。先祖教と申します。亡くなった方を弔ったら「ご先祖さま」になって守ってくださる、「ご先祖さま」のお陰で暮らせている。それが日本人の伝統的宗教でした。これを担当してきたのが寺でございました。

     多くの方が今まで家を中心とした暮らしを営んでこられました。だから個人の宗教じゃなくて家の宗教でした。ですから、うちのお寺は浄土宗だ、うちのお寺は日蓮宗だという方が多くて私は仏教徒だという人が少ないわけです。だから家の宗教としてこのお寺で死者供養をしてもらうという関わりで皆さんとお寺は付き合ってまいりました。これが寺のずっと担当でした。皆さんの暮らしがずっと数百年に亘って家中心だったからです。でもこの数十年、家中心から少し個人中心の生き方に変わってこられました。こうなったのは高度経済成長の結果です。同じ土地で家が続かなくても自分の好きな仕事に就き、好きな土地に住んで小さな家族を守っていくという暮らしが一般的になりました。代々の家を守ることには囚われなくなり、同じ土地で代々の墓を守っていくという先祖教だけでは安心できない方が増え、個人的な拠り所がほしい、個人的な哲学がほしい、場合によっては宗教がほしい方も多くなりまして、今までの家の宗教だけではという方が増えましたので、これまでのように寺は先祖供養だけしていてもいいのかという時代を迎えております。

     神社の担当は地域の宗教です。地域を、ふるさとを守ってゆくことも日本人の生き甲斐の一つでございます。これが神社のご担当です。これを表現したのがお祭りでした。ですから日本人の多くは宗教心を法事とお祭りで培ってきました。つまり家中心、ふるさと中心だったからです。だから今までは仏教はほとんど要りませんでした。この世のことは神様に、極楽往生と成佛は佛様に、これが元々の神社と寺の分業だったのですが、これがだんだんと生活が安定いたしまして、そんな極楽へ往くとか仏になるとか言われてもぴんと来ません、もっとこの世で幸せにして下さいということになりましたので、随分前からお寺に行ってもこの世の幸せを願うという方が多くなりました。現世利益が神社と寺と両方の担当になりました。この間も20代の方から「法然院は神社ですか」という質問を受けました。こんな質問がなされる日本になりました。つまり若い方は神社に行ってもお寺に行っても自分の幸せを祈られます。この世の願いを叶えるために佛様神様に祈られますから名前が違っているだけで佛様と神様でどこが違うんだろうかということになっているのが現代の日本だと思います。

     もともと寺は「先祖供養」、神社は「五穀豊穣」と「天下泰平」、これを祈るところでしたが、だんだんと生活が安定して食べ物が足りてきましたのでそんな五穀豊穣とか天下泰平よりも私の幸せを祈りたい、家族を幸せにしてほしい、これが皆さんの初詣のお祈りになりました。元々は、みんなの幸せを村ごとに祈っていました。今年この村が平和で食べ物が足りたらいいなというのが初詣の際の皆さんのお祈りだったと思います。でもだんだんと個人的なお祈りに変わりまして、私を幸せに。こういうことで神社の役割もだんだん変わってまいりまして、寺の役割もずっと先祖供養でよかったのですが、家の宗教だけでは安心できなくなると私の宗教を探したいと思って下さる方も多くなってるのが現代だと思います。ですから7万も寺があっても佛教徒が少ないのは当然でございまして、今まで坊主はほとんど佛教を皆さんに説いてまいりませんでした。とにかく皆さまが来られたら先祖供養さえしておけばいい、墓でお経をあげておけばいい、こういった皆さまとの関係だったと思います。でもちょっと様子が変わってきまして、私の拠り所となる宗教とは何なのかという方も増えていますから、そのことにも応えていきたいなと私自身は思っています。今までの寺の役割は先祖供養か現世利益か観光か。あるいは駐車場経営か、墓地の管理か、これでたくさんの寺が残っています。改めて佛法を広めるところとしての寺の意味をどうすれば担っていけるか。そこが現代において問われているんじゃないかと私は思っております。ということで日本人はずっと今まで佛教徒ではなくて先祖教徒だったというところからお話しを進めたいと思います。

     先祖教ができたのは室町時代中頃でした。資料の2番に書いておりますが、それまでは日本人は佛教徒でした。どうしたら佛になれるのかというのが人生のテーマでした。その頃は文字通り佛教が説いていた「六道輪廻」という話が気に入られていました。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天とこの6つの世界を私たちはぐるぐる生まれては死ぬ、生まれては死ぬを繰り返してきて今に至っているんだという話です。ですからその六道輪廻からどうやって抜け出すのか、抜け出すことを解脱と申しますが、どうやって脱け出すのかがテーマで、脱け出したら佛になります。いろんな言い方がありますが、とにかくどうやってその六道輪廻の世界から脱け出すのか、どう生まれては死ぬという状態から脱け出すのか。これが佛になるということでした。つまり死後どうやったら地獄とか餓鬼とか畜生に生まれないでできれば人間にまた生まれ変わりたいとか、あるいは神様になりたいとか、成佛できないものかとか、これが室町時代前半までの日本人の生き方でした。

     それが室町時代に農作物の収穫が拡大しまして食べ物が足るようになり、つまり家が続くようになり、先ほど申し上げた家を守ることが日本人の暮らしの中心に座りました。それ以降は江戸時代にそういう宗教心が定着し、佛に祈るのはあの世のことからこの世のことに変わり、家を守って下さる御先祖さまのお陰さまということが気になるようになりました。

     先祖教には4つの特色があると柳田國男先生がまとめられました。第1の特色は、死者は遠くにゆかず、ふるさとの近くから見守って下さっているということでした。それまでは佛教、特に法然、親鸞の佛教では、死んだら西方十万億土の浄土に往生してそして佛になるとされていました。しかし、途中からその信心は薄くなりまして死んだら墓の下に眠っているとか、草場の陰から見守っているとかいうことになり、最近は「ちょっと草場の陰では気の毒やなぁ」ということになりましたのか、亡くなったら千の風になってほしいと思っていらっしゃる方も多くなっているようです。どうしてこのような歌が流行っているかと言いますと、要は先祖教の伝統に叶っているからです。私の親しい人は近いところから見守っていてほしい、従来の草場の陰よりも風のほうが結構じゃないかということだと思います。だからもう風になりたい、光になりたい。天国に行って永眠する、安らかに眠ってくださいと。こういったあの世になりまして、もう浄土に往生する、佛になってほしいなどということはほとんど聞かなくなりました。もう極楽往生などと言っていただけなくなりまして天国に行ってどうぞ安らかにというのが、いつもお葬式で聞く弔辞とか弔電でございます。冥福を祈ることが定着しています。冥土での幸せでございます。私は浄土に往って佛になるつもりで冥土にはゆきたくないので冥福は祈ってほしくないんですけれども誰でも彼でも冥福を祈るということになっています。これが今の日本であり、あるいは天国で安らかにというのが、皆さまがお子さまとかお孫さまに教えていらっしゃるあの世だと思います。このように長らく日本では先祖供養が盛んで死んだ人は遠くに行かないでその辺に居てほしい。極端に言いますと日本人は墓を建てるようになってから佛さまや浄土を信じなくなりました。先祖は墓の下に眠っている、そこから見守ってくれているという先祖教が盛んになり、佛さまに救われるという佛教は廃れました。私の親しいおじいちゃんに守ってほしい、居てほしい、こういう事になり、要は先祖教徒になりました。佛さまに救われる宗教でなく、ご先祖さまのお陰で私の家は守られていくんだということになりました。これを表してきた習わしが門松であり、お年玉であり、たなばたであり、送り火です。

     門松はどうして立てたかというと要は私の親しい先祖を迎えるためでした。大晦日に先祖が無事に帰ってきて下さるようにという目印に立てたのが門松であると民俗学者はおっしゃっています。お年玉も新しい年を生きていく玉、即ちエネルギーを私のご先祖さまからいただくことですからお年玉は生きている人間同士でやり取りするのではなく、亡くなった方を迎えてその方から子孫がいただく、これがお年玉だったと思います。また「たなばた」ですが、お盆は元々旧暦の7月15日を中心にされており、7月7日がお盆の入り口で「たなばた」は先祖を迎えるための習わしでした。たなばたさまと言えばご先祖さまのことでした。宮中のたなばたは中国からやってきた星祭りで牽牛織女の話に基づいておりますが、日本の庶民の「たなばた」は、あくまでお盆の入り口の7月7日に先祖を迎えるための幡を立て、棚に盛り物をしたのが「たなばた」であり、「たなばた」とは文字通り棚と幡のことであり、お盆行事の一つとして庶民の「たなばた」は行われてきた訳です。私が先ほどからぺらぺらと喋っていますが、全て民俗学者がお調べになって本に書かれたことを私が紹介しているだけですのでご興味を持っていただけた方は是非民俗学者の書かれた本を読まれることをお薦めいたします。ともかくお正月とお盆が日本では大切な亡き方とのコミュケーションの期間でした。たなばたで先祖を迎え、山の村では山へと送り火で送り返し、海辺の村では精霊流しで海へと送り返します。要は亡くなった方は山のほうとか海のほうにいらっしゃる。ふるさとに近いところにいらっしゃる。そこから見守ってくださっている。こういう観念のもとに定着したのがお盆のいろんな行事だと思います。

     先祖教では墓参りの際に水を手向けることが、とても大切な習わしでした。皆さまもされているかと思いますが、どうして水を手向けるのか、元々は何の意味があったのでしょうか。その水は亡くなった方が親しんでいらっしゃった水を手向けることに意味があり、水を手向けることで亡くなった方にふるさとを覚えておいていただく、ふるさとに個人の魂を結びつけておくための習わしでした。最近はそれぞれの土地の水を飲まないでエビアンとかボルビックとか外国の水を飲んでいらっしゃる方も多くなりましたから皆さまもエビアンを飲んでいらっしゃる方にはエビアンを手向けたほうがいいかもしれませんが、元々は水はそれぞれの風土に深く結び付いたものであり、様々な日本酒など水に育まれた文化が発達してきました。その一つの形としてふるさとのシンボルとしての水を手向ける、そこに先祖供養としては墓参りの時の水の意味があったと思います。

     先祖教では亡くなった方を弔うために、お葬式、初七日から始まって四十九日をもって忌明けとし、これでもってどこに生まれたかを確認する。どこに他界されたのか、どこの別の世界に行かれたのか、また何かに生まれ変わられたのか、それとも佛さまのところに行かれたのか、浄土に行かれたのか、こういうことを確認し、それ以降ずっと弔い続けていくと三十三回忌をもって亡くなった方が先祖になる、これが先祖教でした。残された人は三十三回忌を勤めないと個人が先祖にならないから責任を果たしたことにならないというのが先祖教でございました。これで初七日から四十九日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、…三十三回忌と法事が勤まり、お陰さまで7万の寺が残ってきた訳です。元々日本で各村ごとに寺が建ったのは別に宗派の教えを広めるためではございません。元々先祖供養をするために建てていただいたのです。最も数多くの寺が建ったのが戦国時代から江戸時代初期で、その頃に先祖教が定着いたしました。ですから日本全国の都道府県で一番寺の数が多いのはダントツに愛知県です。尾張三河の国、信長、秀吉、家康と出ました当時一番経済力のあったところに次々とお寺が建ちました。どうやって建ったかと言いますと、例えば家康の家来が戦で手柄を立てますと自分の出身の村に自分の先祖の菩提寺を建てるという形で寺がどんどん建ちました。山内一豊が高知に行かれますと当然家来も付いていって自分の家の菩提寺を高知城下にそれぞれ建てる。こうして戦国時代から江戸時代初期にかけて次々と町や村の寺は増えました。宗派の各本山はもちろん奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代と建てられましたが、普通の皆様に身近な地域の寺はその16~17世紀に建ちました。ですから最初から佛教を広めるためではなくて法事をするため、亡き方を弔うために建てられたのが日本の寺、つまり佛教のためではなく先祖教のために建てられたのが日本の普通のお寺でした。それが7万もある日本のほとんどの寺の歴史だと思います。先祖教の浸透とともに寺が法事を勤め、三十三回忌を弔い上げとして亡き方が先祖になられたという信心を育ててきたのが寺で培われてきた先祖教の歴史なのです。先祖教は教祖がいる宗教ではなくて何となく自然発生的に信じられるようになった宗教ですから、そのお陰でたくさんの寺が残っています。要は今までは皆さまの宗教が家の宗教で、家中心の暮らしだったので先祖教で良かったのですね。お寺の意味合いがそれからずっとほぼ400年間殆ど変わらず数十年前の高度経済成長までこういう形でずっと皆さまと寺はお付き合いしてきた訳です。

     ところがこの数十年、生活様式が変わってきましたと言うことを先ほど申し上げました。改めてお釈迦さまは何をおっしゃったのかということに少し感心を持っていただける方が増えつつあるのが現代の日本かと思います。でもお寺は相変わらず法事、あるいは願ったら叶いますよという加持祈祷、あるいは観光してもらえればという形で皆さまとお付き合いしていますから、なかなか佛教に寺で出会っていただくチャンスは少ないのが残念ながら現状かと思います。多くの方は佛教に本で出合うとか、佛教に親しんでおられる作家さんの講演会に行かれたりして、あぁ佛教ってこんなことを考えていたのかというふうにして出合っていただくというのが現状です。それくらい坊主はずっと法を説くことを怠ってまいりました。説法しなくても寺はたくさん残りました。でもこれからはそんなことで寺は残るのかということになってきています。もう坊さんになんか葬式に来てほしくないよと言う方も増えつつございます。もう直接火葬場に行って火葬してもらって結構ですという直葬も増えつつあるようです。それくらい皆さんの意識が変わりつつあります。要は坊主が皆さまと日常的な接点を持ってこなかったので、亡くなった時だけ呼んでもらったら結構ですということになってきたので、それでは呼ばないでおこうかと…。人間関係がないのだから当然の話でございます。坊主もお葬式をしたければ日常から皆さまと関係を結んでおくということが大事なことであり、この人に弔ってもらいたいという気持ちになってもらうことが檀家と住職との関係でなければならないのだと思いますが、そのことを怠ってきたので現状は当然かと思います。

     もちろん坊主の中には危機感を持っている人も多く、結構私の次の世代、30代40代の坊さんの中に、例えば「未来の住職塾」というのを作り、超宗派的に勉強会を開いてこれからの寺のあり方を研究していかないと、という動きも出てきていますから、それはそれでこの危機感がそういう動きを生んできたのは結構なことではないかと思ったりします。従来通りにはいかないという際に立っていることは、寺も社会も確かなことだと思います。その中で今日はお釈迦さんは一体何を悟られたのかというところからお話しをして、それが「こころ豊かに生きる」ことに繋がるのかどうかということを皆さまにお示しできればと思います。

     佛教は資料の4番に書いていますが、「苦」、苦しみからの解放を説く宗教です。苦しみは「四苦」四つの苦、「生老病死」と言われています。老いる、病になる、死ぬ原因はどこにあるのか、それは生まれてくることだと。「生」とは生きることではありません、生まれることです。生まれたのだから老いて病になって死ぬのは自然なことであると、生まれた以上老病死から逃れることはできないと…。だから老いることが苦だと感じるのは老いたくないと思うから、病気になりたくないと思うから病気を苦と感じるのだ、死にたくないと思うから死を苦と感じるのだ。要するに苦と言っていますが、ままならないということです。ままならそうとするからそれがままならないという苦しみを感じることになります。老いて病になって死ぬ、原因は生まれてくることだと、これが「生老病死」。ですからその苦からの逃れるためには生まれてきた以上死ぬのは予定されていることだとこう受け止めることになりますが、なかなかそうはいきません。人生は私がままならしたい、なるべく老いないようにしたい、病気になりたくない、なるべく死なないようにしたい、このように思うときにそれが苦となります。その苦からどうやって脱け出すのかを追求されたのがお釈迦さまでした。苦の超克、苦を超えること、これがお釈迦さまのテーマになり、お釈迦さまは最終的に「ダルマ」、真理を悟ってブッダ〔目覚めた者〕となられまして、その目覚めた真理を言葉でお説きになりました。言葉で説いたダルマ、これが教え。その教えを信じて教えに基づいて修行をする人の集まりができて、これがサンスクリット語で「サンガ」と言われます。「ブッダ」・「ダルマ」・「サンガ」。サッカーチームの京都サンガのサンガですけれども、集い、集団という意味で、佛教のサンガは佛教を信じ、実践する人の集まりです。ブッダ・ダルマ・サンガ、漢字で書くと佛・法・僧。これを三つの宝、三宝と申しましてブッダ・ダルマ・サンガ。「南無三宝」、佛・法・僧に帰依するというのが佛教徒の基本になります。

     お釈迦さまが悟られたダルマ、真理は、言葉で表すと「縁起」と言われています。すべて縁起である。縁起は、今は〇〇神社の縁起とか、寺の縁起というふうに使われ、何か由緒ぐらいの意味になっていますが、元々の縁起は、佛教で一番大事な言葉で、全ては「因縁生起」、因縁によって生じ起っていること、略して「縁起」と申します。因縁とは直接的原因と間接的原因、どうしてこうなったのか、今日私はどうしてここにやってきているのか。佛教的に言うと因縁があったということになります。皆さんの中には今日は運が悪かったなと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、運というのはその時のたまたま、因縁とは何らかの必然です。そうなる理由があってこの人とはご縁があったのではないか、この人とは出会うべくして出会ったのではないかと思うのか、たまたま運が良かったり悪かったりで出会ったり出会わなかったり、付き合わなかったりするのではないか。これが縁と運という言葉の微妙に似てますけれども本当は違うところです。縁とは因縁なのですね。ですから今は良い方と出会った時はご縁があって、ひどい方と出会った時は運が悪かってとおっしゃる方がよくございます。佛教的に言うと良い方ともご縁、悪い方ともご縁。今日はこんな方と有り難いご縁があったと、今日は悲しいことにこんな人と出会ってしまった。どちらにしても私の中にある因縁だと、因縁によって生じ起こっていることだということになります。

     例えば4年間オリンピックを目指して頑張っても思った結果が出るかどうかはその日の因縁次第だと…。努力しないと原因を作らないと結果は出ませんが、原因を作ったから結果が出る訳でもありません。これがこの世のあり方でございます。これを「因縁」と言います。いや原因を作ったら結果が出るはずでしょうと思っていると、ご縁を受け止めることができない。今日は運が悪かったなということになります。うまくいかなかった選手に向かって今日は実力が出なかったですねと。こういうことになるのか。この前のフィギュアースケートの高橋大輔選手のように、うまくいかなかったけれども「今日はこれが僕の実力やった」と、今日の私を因縁として受け止めていくのか。それとももっとできたはずなのに今日はたまたま運が悪く実力が出なかっただけだと受け止めていくのか。その時の因縁を受け止めるのか、そんな因縁があるとは思いたくない、今日は偶然運が悪く本来の自分が出なかっただけであると受け止めていくのか。本来の私がどこかにいて今日の私は本来じゃないと考えるのか、その時その時の私は全部その時の本当の私だと受け止めていくのか。これが日常的に色々と起こってくる事態をどう受け止めてどうこれからに繋げていくのかという話に関わってくることであると思います。佛教的には「直接的な原因はこうであるが間接的な原因が絡み合ってこういう結果が出ました」、それが因縁生起、縁起だということになります。つまり今日のそれぞれの因縁で私は生かされているのだというのがお釈迦さまがおっしゃる「縁起」で、要は別の言い方をすると般若心経が言う「実体は空です」ということ、実体はありません、その時の因縁次第ですということになります。私と言っているけれども。ずっと本来の私がある訳ではありません、本当の私なんかどこにもないのです、みんな実体はなく、その時のご縁で存在しているだけなのです、「無我」こそが真理ではないかというのが佛教ですが、こんなことに本当に目覚められたらわざわざ苦労しない訳で、そうではないと思いたい、私の人生は私の努力で作っていくと思いたい、因果を信じたい、縁は受け止めたくない。こういうことになりますから、思ったふうにいかないと、こんなはずじゃなかった、ということになります。事実を認めたくたくない、事実を事実として見ることを「諦める」と申します。諦めるとは明らかに見る、あるいは明らかにするということです。でも私に都合の悪いことは明らかに見たくない、事実と思いたくない、諦めたくない。ですから諦めるためにはちょっと時間がかかります。その時は諦められなかったけれども時間が経つと事実として受け止めるしかないのだなということになります。その時のそのままを受け止めることができないのが私たち。どうしてそういうことになるのかというと自己を愛しているからです。自分のことも世界のことも自分にとって都合よくみたい。これを「愛」という漢字で表現しています。自己愛と家族愛と郷土愛と愛国心、愛が生きていく原動力、拠り処でございます。会社への愛も勿論あると思います。つまり自分にとって自分の周りのものを自分を含めて都合良くみる心を愛という漢字で佛教では表現いたします。だから佛教では「愛は全く地球を救わない」訳でございまして、愛国心が戦争の原因となります。日本を守るためには、家族を守るためには戦争も仕方ないという気になるのも人間です。愛がそうさせている訳です。愛が喜びの種でもあり同時に苦しみの原因ともなる。佛教が説くのは「愛こそが苦の原因だ」ということです。

     まずは家族愛から自由になりましょうというのが出家でした。出家をしたほうが佛になりやすいということで、お釈迦さまの教団では出家することが成佛への道でございました。出家をしなかったら佛になれません、目覚めることはできませんという佛教が、ずっとスリランカ、ミャンマー、タイなどでは続いてきました。出家をした人だけが佛になれるという佛教です。お釈迦さまがおっしゃったことを頑なに守ってきた佛教は南方に広がりました。ところが中国や日本に来た大乗佛教では、それでは一部の人しか佛になれないのではないか、目覚めることができないではないか、そんな宗教でよろしいのでしょうかという話になりまして、お釈迦さまは誠にすばらしいことをおっしゃったけれどもお釈迦さまの教えだけではみんなが悟れないので、もっとお釈迦さま以外に佛さまが居てほしいなと、これもお釈迦さまの教えを広げて出てきたことです。お釈迦さまは、人が目覚めて佛になるとおっしゃいました。だから人の数だけ佛がいる可能性があるというのが佛教です。キリスト教は神さまが人を造りまして神さまが人を救われますという宗教です。だから人が居ても居なくても神さまがいると信じるのがキリスト教で、人がいないと佛は居ませんというのが佛教です。人が目覚めたら佛になるのです、と。だから「先ず神ありき」ってことは佛教ではありません。みんなが居てその中から目覚めた者が生まれる、それが佛という存在です。だからきっと目覚めた方はお釈迦さまだけではないと信じたいと考えた人々が色んな目覚めた方の物語をインドで次々と作りました。これが色んなお経になりました。『般若経』『法華経』『無量寿経』『華厳経』などです。つまりいろんな佛陀がインドで信じられるようになりました。これらのお経が中国で訳され、中国で経典を学び研究したお坊さんが私は『般若経』で宗派を開きます、私は『華厳経』で、私は『法華経』でというように沢山の宗派ができました。各々が自分の信じたい佛さまを選んで自分が信じる佛道を歩みたい、これが佛教各宗派の歴史です。日本から中国に渡って宗派を学んで日本で広めた人もあれば、日本で独自にお経を研究して日本独自に宗派を開く人もできました。自分にふさわしい方法で佛の道を歩む、これが佛教に様々な宗派があることの意味になりました。

     資料の5番に書いておりますが「悟りへの道」は、自力・他力と大きく二つに分かれました。現代日本で「他力本願」は全く違った意味になり、他力本願といえば他人の力を当てにしてこの世で幸せになろうとすること、これが現代日本の他力本願でございます。これも最初に言ったように坊主がずっと説法をさぼってきた所為なのですが。元々自力他力は、どのように佛になるのかという意味の言葉でした。どうやって成佛するのかと。ですから「自力」は私は修行して佛になりますという宗派の教えです。「他力」の「他」は他人ではなくて佛さまのこと、特に阿弥陀佛のこと、ただ阿弥陀佛の力を信じましょうと言ったのが法然と親鸞でした。自力修行をすれば佛になりますと信じて修行に生きるのが自力、自力修行しても自分の心を磨けません、私はこの世では生涯佛さまに近づくことすらできません、ですから私は阿弥陀さまが建立された浄土に往き生まれて、そこで目覚めさせていただきますと信じてこの世を生きます、というのが他力です。自力は修行に生きる、他力は信心に生きる訳です。「信じています、阿弥陀さま」というのが『南無阿弥陀佛』です。

     比叡山天台宗では他の修行もするし『南無阿弥陀佛』の修行もされます。『法華経』を学び、座禅もし、戒めも保ち、千日回峰行もやり、『南無阿弥陀佛』もしておく。これだけ修行をしておけば佛さまに近づける筈だという佛への道、それが天台宗の佛道です。天台宗の阿弥陀信仰は他力ではなく自力の念佛、自力修行の一つです。これだけ念佛修行もしておけばという念佛。六道輪廻の世界で生まれては死ぬ、生まれては死ぬを繰り返しながら修行を重ねて佛になる、これこそ佛道だというのが天台宗であり、奈良の法相宗でございます。

     奈良の法相宗と比叡山天台宗の大きな違いですが、奈良の法相宗、つまり興福寺さん、薬師寺さんが説かれている佛教では「所詮人間には佛になれる人となれない人がいる」と教えるのに対して日本天台宗を開いた最澄さんは、そんなことはないでしょうと、いつ佛になるのかはそれぞれに違いがあるけれどもみんな佛になる可能性だけは持っているはずであると説くのです。同じ佛教でもこれだけ人間観に違いがございます。このように各々の自分の見方に応じて様々な佛の道があると教えてきたのが佛教の歴史で、つまり唯一絶対の神さまを信じ仰ぎましょうという宗教ではなくて私にふさわしい佛さまへの道がそれぞれに用意されているとこういうことなのです。敢えて言葉で言うとキリスト教は信仰という言葉が似合う宗教で、佛教は信心を確立する、自分自身の信じる心をそれぞれ確立していくという信心という言葉が似合う宗教なのです。キリスト教は唯一絶対の神さまを信じ仰いでいく。有無を言わせず神さまの意志に従って生きていく。神さまこそが原因だという宗教ですけれども、佛教はそれぞれの自分の見方に応じてふさわしい佛さまが自分にあるはずだと信じていきませんかという宗教になります。だからもうちゃんと最初からはっきりこう言ってもらったほうが私は入信しやすいという方はキリスト教のほうが入りやすいかも知れません。神さまを信じればいいのだ、佛教は入口がたくさんでややこしい。私は最澄に付いていくのか、空海なのか、法然なのか、日蓮なのか、道元なのかと。これだけ沢山のメニューが用意されています。どのメニューを選んだら自分は目覚めやすいのだろうか、ちょっとでもこの世でゆとりを持って心に糧を持って生きられるのかということで、色んなメニューが用意されていたというのが佛教の特長です。大きく分けて自力なのか他力なのか。どこで悟るのか、この世でなのか、あの世でなのか。自業自得なのか回向なのか。自分で修行をしないと佛になれないのか、修行できなくても佛さまが自分が積んだエネルギーを私たちに回し向けて下さるから佛さまを信じるだけで私は目覚めさせてもらえるのか、そういうことで自力と他力が分かれてきました。

     要は「自分の心は自分で磨いていけるはずだ」と信じているお坊さんと、私みたいに「自分の心自体が生涯自由になることはない」と信じている坊主がいるということです。「自分は自分の知っている自分と知らない自分を抱えているから全ての私を生涯コントールするなんてことは到底無理なことではないか」と言って下さったのが800年前の法然と親鸞です。比叡山で修行された法然上人が「私は自力修行をしてみたけれども自力では成佛できないと悟ったよ」と比叡山を下りて開かれたのが浄土宗であり、同じく比叡山で修行した親鸞が自力修行による成佛に絶望して法然の弟子となり、法然の教えを広めました。自分の心をどう見ていくのか、自分の意志で自分の心はコントロールできるといえるのか、自分の意志と言っても怪しいものだ、自分は生涯どんな自分と出会わなくちゃいけないのか皆目これからの自分には自信がありません、今は彼を人殺しと言っているけれどもいつ何時私もどうなるか分からないのがこの世を生きていくという私のあり方なのではないのかという自己への問いかけです。私をどう見るかによって自力修行を選ぶのか他力信心を選ぶのかが決まります。どっちが正しいかではありません。自分をどう信じて生きたいのか、どう信じるほうが生きていきやすいのか、心にゆとりを持って生きられるのか、これで宗派が分かれていきます。それが様々な宗祖が色んな教えを説かれた意味になるかと思います。

     佛教には六道輪廻という考え方がありますが、誠に荒唐無稽な物語です。衆生は地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天を輪廻転生している、そんなこと現代では信じられません。なぜ昔のインドの人がこんな話を作ったのか、それはこの世が不条理だからでございます。思い通りいかない。なぜ私の人生は私のこの努力だけで決まっていかないのか。何にも悪いことをしていないのにどうしてこんな目に合わなくてはいけないのか。この不条理が作らせた物語が輪廻です。きっと生まれたときには白紙ではないのではないか、きっと何かを背負って生まれてくるのではないだろうか。そこにこの世のいろんな因縁が絡み合って結果が出てくるのではないだろうかということで輪廻の物語が作られました。そう信じたほうが納得できたからでございます。だから人生が順調なときには要らない話で、私はこの世の私だけで十分ですと。もう私は私が頼りで仕事が頼りで家族が頼りで、ちゃんとこの世に拠り所が見つかっていますから、別にそんなことを信じなくてもこの世は幸せに結構余裕をもって生きていますという方には要らない、全く荒唐無稽な話です。

     でもなぜこの物語ができたかというと、時に人生は不条理だからです。人間は何故か、ただ食べて寝るだけでは嫌だという生き物に進化しました。こうなっている理由を知りたい、私はどこから来てどこへ行くのか、どうしてこんな状態になっているのか説明したい、納得したい、意味づけしたい。それが人間という生き物の特徴のようでございます。ですから意味づけしなくても生きられたら宗教は不要です。誠に信じられない物語、荒唐無稽な話、でもなぜ昔の人々が必要としたのか。それはままならない人生を生きて行かなくっちゃいけないから。それをどう受け止めていくのか。一つの智慧としてインドの人が輪廻の物語を作りました。ヨーロッパの方は、前世はありません、全部神さまが決めることだから、神が与えたもうた試練だから、神さまが私を見込んでこんな試練を与えられたんだからこれを乗り越えていかなければという、神さまの思し召しでというのを信じてこの不条理を受け止めてこられました。不幸は神さまが与える試練、幸せは神が与えたもうた祝福なのであると、全て神に原因があると信じて生きるのがキリスト教だと思います。
    佛教はインドに生まれた六道輪廻思想に基づきまして、そこからどうやって脱け出すのか、この不条理の世界からどうやって目覚めていくのか、そんな目に合わなくてもいい世界に行くのか、これが「涅槃に入る」ということで、成佛するということです。その方法がいろんな宗派によって説かれてきました。ですからどっちが正しいかというと、今も諍いになっていますし、佛教でも歴史的に宗派間の争いがございました。お釈迦さまは自分と誰かを比較するなと教えて下さっています。穏やかに生きたければです。比較するから穏やかに生きられなくなると。でも比較したい、比較してあの人よりは優れていると思いたい、これが私たちでございますから、私のほうが正しいと言いたい。これが宗教も戦争の道具となってしまう理由です。もちろんお釈迦さまやキリストの意図ではありません。仲良く生きていくために宗教を開かれたと思います。みんな神の子であるとか、あるいはみんな佛になる可能性があると信じて仲間同士やと思って生きましょうということで、元々佛教、キリスト教の開かれた意図があったと思いますが、でも人間の宗教の使い方によって、要は人間は自己中ですから、自己愛に生きていますから、私が正しいと言いたいから、それが私たちの日常ですから、私が正しいということを普通の理屈で納得させられないと私のほうに神さまの正義があるとか私が本当に佛さまのことを理解しているのだと言いたくなります。そういうことで日本でも決してイスラム教徒対キリスト教徒の争いを批判できない訳でございまして、日本でも昔から宗派同士の争いがございました。法然が浄土宗を開いた時も天台宗徒から迫害行為がありました。墓まで暴かれました。これが佛教徒もやってきたこと。ずっとその方向で来ざるを得なかった、これが私たちの歴史だと思います。それぐらい人間は基本的に自己中だからということになると思います。要は自己愛に基づいて生きている。この課題をどうクリアーしていくのかということで、色んな方法が説かれてきたのが宗教の歴史でございます。

     ちょっと脱線いたしますが、資料の6番で敢えて「自然と人間の共生」という言葉に「?」マークを付けさせていただきました。私が一番嫌いな言葉です。自然と人間の共生といった途端に自然は人間と別個のものでということを言ってしまっていることになります。「自然界」というのは三つの意味が国語辞典には載っております。人間界も含めてますというのと、人間と対立し、それをとりまく生物・無生物の世界という意味と、人間・生物を除いた無機的な世界、例えば京都でいうと鴨川の自然といいますとそこで土手を歩いている人も含まれているのか、魚釣りしている人も含まれているのか、それとも人間を除いた生き物と川のことなのか、あるいは生き物を除いた鴨川というそのものだけのことなのか。つまり鴨川の自然といっても三つくらいの意味が頭の中にイメージできるのが今の日本です。だから「自然と人間の共生」と言った時にどの意味で自然と言っているのかということが、その都度実は問題になります。多くの場合、自然と人間の共生というと人間は自然の一部ではなくて人間が自然を外から保護したり開発したりするという意味に使われているのではないかと思います。自然圏と別の人間圏を造って来たのが我々の歴史だったと思います。それが都市文明だと思います。人間圏は自然圏と別個にあるのだと思います。なるべく自然圏からは迷惑を被らないで、害を被らないで便利に私たちに都合の良い暮らしをしたいと、そういう意味で自然と人間の共生というのは、改めて人間と自然は別個で人間は外側から自然を開発したり保護したりするという意味合いで使われているのではないかと私は不信感をもっています。元々人も他の生き物と同じようにいわゆる自然の一部だったという意識を持つためには「自然と人間の共生」は不適当な言葉じゃないかと思います。敢えて人も自然の一部としてどれだけができてどこから先はできないのか、できることは全てやればいいではなく、やっていいこととやってはいけないことがあるということを私の中で培っていくためには「自然と人間の共生」という言い方は、なるべく使わないほうがいいのではないかと思っています。

     六道輪廻を信じますと、法然院は椿が多くて有り難いんですけれども、「きみは今、椿をやってるの。僕は今、僧侶をやってるよ。」という気持ちになります。私が椿やった時もあるかもしれんし、椿が人やった時もあるかもしれんということで、輪廻を信じますとみんな仲間同士やという意識を培っていけるので全く無意味な考え方でもないと私は六道輪廻を信じております。昔の日本人は「私も昔は牛やったかもしれんし、死んだら蛙になるかもしれません」という佛教徒として生きていました。そこに他の生き物に向き合ったときの共感というものがあったのだろうと思います。なるべく最低限の殺生で私は生きていきたい、佛教で一番大事な戒めは「不殺生戒」。なるべく生き物を殺さないで暮らしましょうということでした。でもこうして流通が発達しますと当然難しいことになって最低限の殺生で暮らす社会から大きく変わりまして、便利な暮らしのためには殺生しても食べないものがたくさん発生してしまいます。こんなにもったいないことをしてというのが今の我々であると思いますけれども、800年前は「善人」・「悪人」の基準が佛教でしたので、今みたいな暮らしていたら私は悪人やなということになります。現代の日本では善悪の基準が変わりまして日本の法律になっておりますので法律を破らない限り私は悪人じゃないということですから、これが800年前の善悪と現代の善悪との大きな違いでございます。ですから法然・親鸞が言った時の悪人は、資料の7番に書いておりますが、普通の人間のことです。善人と言われていたのは平安貴族のような立派な佛像を造って立派なお寺を建てて、数多くのお経を奉納して、たくさんお布施をしてこの功徳で佛になろうとして生きている人、これが800年前の善人でした。普段殺生ばかりしている普通の日本人は、こんな悪人では地獄に行くしかないなと思っていました。善人は極楽に行って悪人は地獄に行くよ、が当たり前の平安時代の佛教でした。その時代に法然上人が出られまして、そんな悪人のためにこそ阿弥陀佛は浄土を構えられたと教えられました。ですから寺を建てなくても、佛像を造らなくても、ただ『南無阿弥陀佛』さえ唱えればという佛教が生まれました。どんな人間でも『南無阿弥陀佛』さえ唱えれば善人でも悪人でも極楽に往生すると法然上人はおっしゃいました。「私たちが往生するのは我が身の善し悪しによるのではない。私の善悪と極楽往生は関係ない。極楽往生するのは私が『南無阿弥陀佛』と唱えたかどうか」と言い切られました。要は善人悪人でも『南無阿弥陀佛』さえ唱えればと。要は悪人のためにこそ阿弥陀佛は浄土を構えた佛さまであると、このように信じませんかということです。これが「本願念佛」という佛教で、「浄土宗」と言われました。阿弥陀佛は金持ちだけを佛にしたいのでしょうか、そうじゃないはずであると信じたい、どんな人間でも佛にしたいのが阿弥陀佛だと信じたい、だから浄土に行く条件は誰でもできるもっとも簡単な行為、『南無阿弥陀佛』さえ唱えればということになります。

     『南無阿弥陀佛』はインドの言葉でサンスクリットと申しまして英語やフランス語と親戚でございます。阿弥陀の「弥陀(みだ)」は英語のメーター、フランス語のメートルの同じで計るという意味で、「阿(あ)」が付くと否定になって「阿(あ)・弥陀(みだ)」で計り知れないという意味になります。「計り知れない命の」というのが阿弥陀という名前の意味でございます。計り知れない命の佛陀、心の目が覚めた方に南無します、帰依します、信じて私の成佛をお任せします、どうぞ阿弥陀さまを信じますからよろしくお願いしますという意味の『南無阿弥陀佛』さえ唱えればというのが他力本願念佛になります。比叡山天台宗は、さっきも言いましたように『南無阿弥陀佛』も唱えておけばということで、自力修行として『南無阿弥陀佛』を唱えます。法然・親鸞は、「阿弥陀佛を信じていますよ」と唱えます。現代的に言いますと阿弥陀佛が大昔に極楽を構えたときに全員に招待状を発送済みだということです。「みんなうちに来たら佛にするから来ませんか」と招待状が一人一人に発送されていますから、あとはそんな招待状がうちにも来ているのだったらその招待状に応えて私もそこへ行って佛になりたいなと思った方が招待状の返事を出す。それが『南無阿弥陀佛』。「極楽往生を私がお願いして阿弥陀佛がそれに応えるのではなくて、阿弥陀佛の願い、本願に私が応えていくのかどうか、こちらに任されているのです」と法然上人がおっしゃいまして、「唱えたら必ず行けるよ、招待状の返事を出すのだから返事を出したら必ず迎えると誓って下さっているのが阿弥陀さまだよ」というのが浄土宗でした。私はそんな招待状が来ていても他の方法で大丈夫だから私はちゃんと色んな功徳を積んで、四国八十八カ所を廻って西国三十三カ所も廻って、これだけ色んなことをやって善いことを重ねて功徳を積んで佛さまに近づきたいですよ、近づくはずだと思いたい方は自力修行の道、功徳を積んで佛になる、こういう佛教も勿論たくさんメニューがある訳でございます。四国八十八カ所を廻ったら、空海が一緒に廻って下さるそうですから、戻ってきたらちょっと違った自分になれるんではないかとお遍路さんになられますけれども、法然・親鸞の人間観では、「廻っているときはちょっとぐらい気持ちいいかもしれませんけれども、戻ってきたらまた私は煩悩の固まりで、同じ私がいるだけでちっとも心は成長しておりません」と私を捉えます。廻ったら廻っただけのことがあると思いたい方は自力、廻ったって生涯私は自己中やと、自己愛から脱け出すことはできない、その時の愛でどんなことをするのか分からないのが日常的な私だと思う方は他力に帰依することになります。修行はその時だけのことで一時凌ぎだという自分を見ていくのか。やるだけやったら私は心が成長していけると信じていくのか。この自分の見方によって自力・他力が分かれてきました。それぐらい同じ人間といっても自分の問い方に違いがあることを示してきたのが、色んな宗派があることの意味で、ですから『南無阿弥陀佛』だけが正しいと言うとまたおかしなことになっていく訳ですね。私こそが正しいのだとおっしゃった代表的な方が日蓮上人でした。『南無阿弥陀佛』を唱えて極楽に往くなんておかしい、念佛は地獄に往く教えだ、あの世に浄土を期待してどうするのか、みんなでこの世に浄土を建てようではないかというのが日蓮宗、『南無妙法蓮華経』でした。「『法華経』に帰依し『法華経』を大事に『法華経』に書かれている世界をこの世に造り上げる、この世に浄土を」との信念に燃えられたのが日蓮上人でした。日蓮上人は元々の佛教からすれば理想的な道を説かれる誠にすばらしいお坊さんで、全然私は否定いたしませんが、これを相手に求められると同じようにいかないのが人間ですから、他者に失望したり自分にもまた失望したり、私は今日はどうして頑張れないのかとか、どうしてあなたは今日一緒に頑張ってくれないのかとか、こういう話になってゆきますから当然理想を掲げすぎますと現実と合わなくなりますからそれがまた苦の種になるということになります。

     人間は余裕のある時もあれば余裕のない時もある。これは当たり前のことであって心にゆとりがある時、コントロールできる時もあればできない時もある。これが人間の現実ではないかと、ここを認めていくのか、それはそうだが私は理想に燃えていきたいというタイプの方は日蓮上人をお勧めいたしますし、ちょっとそれは私は苦しいぞという方は法然・親鸞もいらっしゃいますよと言いいたいのです。いや、そんな他人のことは別に関係なく私は静かに坐禅をして自分の中の佛さまに出会っていくのだという方は禅宗で。こういうような色んな人に応じた行、そして信心が許されてきたのが佛教各宗派の存在意味だったと思いますので、自分にふさわしい行、方法で少しでも心にゆとりを持って相手との違いを認め合ってどうやって生きていくのか、このいろんな実践がされてきたのが佛教の歴史だと私は思っています。私は法然の教えとご縁があって「『南無阿弥陀佛』さえ唱えれば」と生きている人間なので、私は下鴨神社へ行っても平安神宮へ参拝しても『南無阿弥陀佛』を唱えます。大きな声では唱えません、神社の方に悪いですから。でも唱えるのは『南無阿弥陀佛』です。法然上人は「自分の耳に聞こえるぐらいの声で『南無阿弥陀佛』を唱えればよい」とおっしゃって下さっています。高野山の奥の院へおまいりした時に「南無大師遍照金剛」と唱えましょうと係りの方に勧められたのですが、小さく『南無阿弥陀佛』と唱えてきました。お大師さん、即ち空海を信じるのか、それとも阿弥陀さまを信じるのかを選ばなければなりません。空海は真言密教の方です。空海は即身成佛された方ですから、空海は佛さまなのだというのが真言宗の方の御信心です。空海を拝んでゆけばよい、お大師さんを拝めばよいというのが「南無大師遍照金剛」ですね。私は、この世に生きている人間はみんな基本的には自己のことすらどうにもできない存在同士じゃないか、愚か者同士じゃないかという法然の人間観を信じたいので、私の場合は常にこんな私でも佛になることを許して下さった阿弥陀佛を信じるというのが『南無阿弥陀佛』。これを三十数年唱えてきますと、私はほんまに愚か者だ、悪人だ、自分自体どうしようもない存在だという信心が育ってきますから、「私は阿呆や」と基本的に思っていますから、相手が阿呆でも一緒だと思ってゆけることになります。相手は今日の因縁で生きていらっしゃるんだと、「私も阿呆やし、あんたも阿呆やね」と生きてゆくのが法然・親鸞的生き方だと思います。これを文化にしたのが、いわゆる上方漫才でございます。「おれも阿呆やけどお前も阿呆やなぁ。自己中同士で阿呆なことばっかりしているけど笑い合っていくしかないぞ」というのが、石山本願寺があり真宗盛んな大阪に花開いた日本が誇る文化、法然・親鸞の人間観を引き継ぐ上方漫才やと思います。己の阿呆、相手の阿呆を笑い合ってゆくという生き方が日本にはありますよと、誇らしい文化だと私は思っています。「私はそんなのは嫌いです。私は賢く振る舞うからあなたも賢く振る舞ったら仲間と認めるよ」というタイプの方にとっては、おかしな教えですね。自分をコントロールできてこそ人間だと思いたいタイプの方には別メニュー、例えば禅宗がございます。一切は空だ、臨機応変に拘らずに生きるのだと自分を磨いていただく、こういった佛道もございます。あるいは自分をとにかく毎日励ましてこの世に浄土を建立するために汗を流してゆくんだという方は日蓮宗を。いろんな佛道、それぞれの信じる道で、この世を心にゆとりを持って生き抜く力を育てていく、これが元々佛教各宗派の存在意味ですから、決して極楽に生まれるために浄土宗がある訳ではありません。この世をいかなる気持ちで生きてゆくことが他者との交わりの上でゆとりを作り上げていくのか、仲間だと思っていけるのか。お互い思っていることが違っているけれども、どこかで目覚めてない者同士、自分の世界で生きている人間同士だと思いたい、それが佛教の存在意義です。私も目覚めていませんということから佛道が始まります。目覚めていますという方には佛教は要りません。自分のことも世界のこともちゃんと自分は分かっているよというタイプの方には佛教は不要でございます。目覚めていると思っていたけど全然目覚めてなかったなと自分のことも世界のことも全く分かってなかったなと、こういうところからほんとに目覚めたい、真に目覚めたいという佛の道が始まってゆく、これが佛教でございまして、目覚めているつもりの方には佛教は不要で、誠に幸せな方だと思います。自分を信じていける方、この世の中に頼りになるものが見つかっていらっしゃる方、これで生きていける方にとっては佛さまを頼りにする必要は全くない、これが現代の一つの生き方だと思います。800年前には皆さんに宗教が必要でした。この世がままなりませんでした。究極の拠り処になるものがございませんでした。明日の身すら分からない我が身でございました。普通に生きてゆく中で800年前の日本人は皆さん佛教を必要とされていました。ですから色んな宗派が生まれて色んな方法があるよってことを説いたのだと思います。でも現代は幸せなことに日常的にはそんなことをしなくても生きられる世界をみんなで作り上げてまいりました。でもあまり自信満々だといざとなった時に揺り動かされて出口が無くなったりいたします。よく政治家の方が自殺されますけれどもそういうことだと思います。信じてきた通りの自分じゃない、認めたくない、この世にはもう生きる価値がないということになってしまうのもこれもまた人間のあり方だと思います。普段自信満々だとその状態に絶えられないというのも人間やと思います。ですから普段の順調な時に、なぜ昔の方が宗教を必要としたのかという話だけは聞いておいていただければ。何かの時に意味をもってくるかもしれない、ということで私たち坊主は普段から皆さまに一応なぜ佛教が日本で伝わってきたのかということの理由だけはお伝えしておかなければなりません。そのことを坊主が怠ってきましたので、うまくゆくのが人生と思っておられる方が増え、うまくゆくことは因縁が整った有り難い状態であることが忘れられてきたようです。坊主が変わらず説くべきことは「ままならなくて当たり前、ままなったら有り難いことだ。」という教えでしょう。

     日本語の挨拶は外国の挨拶と違って相手を思いやって言い合うものだと思います。「おはよ(早)うございます」は決して「グッドモーニング」ではありません。「早くから頑張っていらっしゃいますね」という意味、相手を労わる言葉だと思います。「おやす(休)みなさい」も「どうぞお休み下さい、あなたの今日の役割を果たされました」というねぎらいの言葉だと思います。日本語の挨拶は全て他者との御縁をその時に喜んで労りの気持ちを表してきたものだと思います。決して、「グッドモーニング」と「グッドイーブニング」と「グッドナイト」と同じではありません。これが日本人の培ってきた文化だと思います。「さようなら」というのも日本語の独特の挨拶です。普通は「また合いましょう」。外国語の挨拶は「また合いましょう」か「ごきげんよう」か「神さまのご加護がありますように」ということですね。でも日本語ではなぜか「さようなら」と言います。「左様ならば分かれましょう」という、あなたも次のご用事があるのならば私も次の用事があるし、お互いの次を思いやって左様であるならば別れましょうという、今のご縁が今終わりました、それぞれ次のご縁があるのですねということで別れていく、それが「さようなら」という日本人が大事にしてきた挨拶やと思います。昔だったらもう「さようなら」の後また会えるかどうかわからないので「さようなら」という言葉にものすごく気持ちを込めたんじゃないかと思います。でも今は「さようなら」してもすぐメールがありますので中々「さようなら」と本当にこれからまた会えるかどうかわからないという気持ちで発することが少なくなったんじゃないかと思います。だから現代において一番「さようなら」にふさわしいのは、やはりお葬式のお見送りの時かなと思います。もうこの世では二度と会うことはありません「さようなら」。それぞれの次の世界で私はこの世であなたは向こうで、でもまた会えるかもしれませんと昔の佛教徒だったら信じたかもしれません。でも今は死んだら無になるとか、あるいは安らかに眠るだけだとか、もう他界して再会するような信心が薄くなっていますので。昔のようにまた会いましょう的に「さようなら」、一旦さようならということじゃないのかもしれません。色んなその時その時の思いを人との関係、ご縁をどう受け止めてゆくのかを言葉として挨拶に込めてきたんじゃないかと思います。

     「挨拶」は元々禅宗の言葉です。挨(あい)も拶(さつ)も近くに寄って接近するということです。元々の禅宗での意味は、挨拶は相手の修行の進み具合を探り合う、どれだけあなたの修行は進んだかということ。お互いに出会った時に確かめ合う、これが元々の挨拶という禅の言葉です。それが一般のこの気持ちの確かめ合いに繋がりまして、先ほどから言っている「おはよう」とか「おやすみ」とか、あるいは他の生き物との関係だと、あなたのいのちを「頂(戴)きます」とか。「ご馳走さま」は勿論作って下さった方への感謝ですよね。よく食材を走り回って集めて下さいましたと。というように様々な意味で人との御縁を喜んできた気持ちを日本人は挨拶に込めてきたと思います。ですからこれを改めてそういう思いで言い合うということが実はお互いの心を豊かにしてゆくことにも繋がるんじゃないかと思っています。

     最近は有り難いことに中学や高校に行ってお話しをすることも結構ありますが、まぁ一応挨拶の言葉は知っていらっしゃるのですけれども詳しく意味を聞いたことがないという方がほとんどなので、挨拶をすることはするけれども本当の意味を知って挨拶をしていただくと学校からもう少し温かい人間関係を作っていただけるのではないかなと思い、改めてお話しをするようにしておりますので、皆さまにも釈迦に説法だったかもしれませんがお話をさせていただきました。

     佛教では先ほども申しましたが、自分の心が自分の世界をそれぞれ造っていると考えます。同じ世界を見ているのではありませんと思っておいたほうがかえって一緒にいても楽ですよと。同じ世界を見ていると思っているから、どうしてあなたは私と同じように考えないのかということになります。それぞれ違ったように育ってきて、違った仕事で違った環境で生きてきたのだから当然見方が違っていて当たり前なのだ、対話することは、分かりあうためにするのではなくてどこが違っているのかを確かめるためにするものだ、つまり元々違っているのが人間同士なのだから、そんなにちょっとやそっと話し合ったくらいですぐに一致するなんてこと自体がおかしな事ではないかということになります。でも直ぐに分かり合おうとしているのが現代の私たちですから基本的にどこか無理がある訳であって、無理があることを承知の上で、それをやっていかなくてはいけないのが現代日本人の日常だと思います。苦しいのは当たり前ですね。

     今は「待つ」こともなかなか難しくなりました。すぐに結果を出せ、すぐに分かってほしいということになりました。京都では昔「考えときます」という文化があったんですけれども、「考えときます」は考えないということだったんですね。でも「考えときます」と言われたら「あーそうか」それは「ノー」ということなんだなと、お互いの一応待ってみるけれどもこれはもう最初からちょっと無理なのかもしれないという付き合いもあったのだと思いますが、今は無理でも達成しなさい、過程を重視しないで結果を重視するという世の中になっていると思いますので、これが現代の生きにくさだと思います。でも本当はオリンピック選手もオリンピックでメダルに輝いたら偉いんじゃなくて4年間努力されたのがすばらしいというようにお互いの努力を認め合っていくということがこころ豊かな社会に本当は繋がるのだと思います。中々これが許されない社会になっているところが皆さまの現場でも辛いことになっていらっしゃるのだろうと思います。でも人間同士にはそれぞれの過程、プロセスを、お互いの努力を認め合ってゆくという労わり合いが恐らくあったと思います。もちろん結果を出したらすばらしいことです。でもこれは有り難いことなのであり、いつもかも結果が出る訳ではありませんとお互いに思いやっていくことが、お互いにうまくゆかなくてもゆとりを持ち合ってゆく関係が構築できるんじゃないかと思います。そこには要は元に戻ると私も目覚めてない、あなたも目覚めていません。それぞれの世界に執着している人間同士だということを思いやっていくことが基本であると私は思っています。分かり合って当たり前じゃなくて分かり合えなくて当たり前、分かり合ったら有り難いこと、直ぐには分かり合えないことを分かり合ってゆくために、どこが違っているのかを確かめるために対話を重ねていくのです。それでもどこかでお互いに妥協をしなくちゃいけないというのが一緒に社会を作っていくってことだと思います。

     私は自分の人生を生きているようで、実は誰かにとっての私を常に生きていると思います。他者の他者として私はいつも存在していると思います。ですから寝たきりになっても決して意味がない訳ではありません。寝たきりになっても看護士さんにとってはその方は存在の意味がありますし。つまり自分で勝手に自分がこうやっていても意味がないのではないかって思ってしまうのが人間ですけれども、生きている限り誰かにとっての私であることはこの社会に生きている限りは無くならないのだと思います。でも自分で結論を出していきたいという不思議な生き物が人間です。自分でその時の自分に意味づけしたい、これが喜びを見出すときもあるし、苦しみを与えることもあります。人は自己中心的で自分の人生は自分で何とかする、このほうが自分の生きていく原動力ですから自力は難しいですけども信じやすいのです。他力はやることは至って簡単ですけども非常に信じにくい。でも他力本願というのは別にこの世ではみんな他人任せで生きようということではありません。ずっと申し上げておりますように、私の目覚めることは佛さんの力に任せるしかない。お互い阿呆同士がこの世を一緒に生きていくんだということ、認め合っていくしかないという、この一つの生き方を法然・親鸞は提示したとことだと思います。日本にはこういう一つの伝統がありますよということを皆さまにお伝えして何かのご参考になればということで、それぞれにこころ豊かに生きる方法があるということを認め合っていく、これが基本だと思います。そのために佛教は一つの見本を提供してきた、色んな宗派という形で、これが佛教のすばらしいところだと私は思っています。でもこれも如何せん自己中ですから諍いの種になることもあります。この危険性をはらみながら、しかし元々は色んなお坊さんが自分の信じる方法で悟りを目指しました。それぐらい人には色んなメニュー、信じ方があります。自分の納得の仕方があります。これを認め合っていくという一つの見本を提示しているのが佛教の歴史だと思います。その良いところを皆さんにお伝えしていって、自分は最澄の考え方に共感する、私は法然だ、日蓮だ、道元だと改めてその佛法と出会っていただくチャンスをお寺から本当は広げてゆかなくてはならないと思っています。

     今日は貴重な機会を与えていただきまして、誠に有り難うございました。神社へ行っても最初に申しましたが、元々は「天下泰平」と「五穀豊穣」を祈っていました。現代的に言えば、資料の一番下に書いています「世界平和」と「飢餓撲滅」と「環境保全」。これを初詣では祈っていただきますと、その広いお心が、佛教の言う慈悲の心が、愛じゃなくて慈悲が、時々神さまから御利益をいただけるというのが本当に理想的な神さまとのご関係ではないかと思います。私を幸せに、と祈るのであれば、日常と何ら変わりません。神社に行かれても。これはまじないでございます。

     宗教とは、自分の生き方を問い直す鏡として神さま佛さまを向こうに置くという知恵でございます。まじないは自分の欲望を達成する手段として神佛を利用するということです。これだと日常の延長で何にも神社とかお寺に行かれる意味はほとんどないかもしれないと思います。東大寺の大佛さんの前に行かれましたら何かお願いをされるのではなくて、ここに来させていただき有り難いことでございますとほれぼれと感謝していただきますと、あぁそんなに有り難く思って下さっているのだったらどこかでまた支えようかっていう佛さまからの御利益が知らず知らずある、これが理想的な神佛との関わりじゃないかと私は信心させていただきます。この世ではいろんなことに出合わなくてはいけないのが私ども、そういう私どものために理想的な世界など苦から脱け出す道が宗教として説かれてきたという原点に改めて立ち返っていただくことも、寺の存在とか佛教、キリスト教など宗教の存在意味を知っていただくことに繋がるのではないかと思っております。

     長々と勝手なことをお話しいたしました。ご静聴ありがとうございました。
     ≪拍手≫